2024.05.15

第5回 スクール・ポリシーから生徒のエージェンシーを考える|Web月刊高校教育 高校教育を探究する!

この連載について

高校教育を取り巻く状況が大きく変わっています。そうした中、この先、どうやって魅力ある、特色ある高校に変わっていったらよいのか。中教審委員なども歴任し、高校教育界を牽引する田村知子さんと岡本尚也さん、お二方と共に「探究」していきます。
※本連載は田村さん、岡本さんに隔月交代でご執筆いただきます。

はじめに

 前回は、ウェルビーイングの観点から生徒エージェンシーを考えました。今回は、スクール・ポリシー策定で生徒が活躍した事例を取り上げます。

 スクール・ポリシーはご承知の通り、令和3年3月に学校教育法施行規則の一部を改正する省令によって義務化され、自治体や学校によって多様な策定・運用が展開されているところです。中央教育審議会における検討過程(令和2年8月19日)において「高等学校におけるスクール・ポリシーの策定と運用を検討する視点」*1を発表した者として(スクールポリシーの義務化を提案したわけではありません)、各学校における取り組みには関心を寄せております。

 当時の発表資料では、次の点を指摘しました。まず、従来から生徒に育成したい資質・能力や教育課程の編成方針を明らかにして組織的にカリキュラムマネジメントに取り組んできた高等学校には、名称や形式如何に関わらずスクール・ポリシーが既に存在している点。一方、そうではない高等学校がスクール・ポリシーの制度化により直ちに変容を遂げるとは考えにくいが、学校改革の意思があるにも関わらず、着手点や具体的な方法を見出せずに立ち止まっている場合は、スクール・ポリシーが学校改革のツールとして有効に働く可能性がある点*2。読者の皆様の学校はどのように取り組んでいらっしゃるでしょうか。

 今回紹介する事例校は、中央教育審議会における議論に先駆けて、内発的にスクール・ポリシーを策定した高等学校です。

事例―岐阜県立岐阜北高等学校

 岐阜県立岐阜北高等学校は、2019(令和元)年度、新しい教育課程開発のために必要だと自ら判断し、創立80周年を期に、スクール・ポリシーの策定に着手しました。前提として、単位制への移行、県教育委員会による研究指定、探究的な学びの検討、カリキュラム・デザイン部新設などを経験していました。

 2019年4月、スクール・ポリシー検討のための組織「北高活性化プロジェクト」発足。入念な準備(目線合わせ、会議の予行演習、がやがや会議の趣旨を伝えるためのビデオメイキング等)を経て、11月、教員60名と有志の生徒22名が一堂に会する第一回「がやがや会議」を実施しました。

 「岐阜北高校を活性化させるために、職員と生徒が想いを語り合う」ことを目的とし、「北高mindのアイディアを100個出す」ことを目標に、小グループに分かれて付箋を使って話し合いました。意見を教職員が整理し、それに基づき生徒がスクール・ポリシーの案を作成。それを教職員がブラッシュアップして、2月にはグラデュエーション・ポリシー「荒野をひらく探究人」(自分を啓く、自ら拓く、ともに拓く)を策定しました。2020(令和2)年度にはカリキュラム・ポリシー「『社会に開かれた教育課程』による『探究人』の育成」*3を策定し、それに基づいた新教育課程を編成し、2022(令和4)年度より実施されています。ほぼ全ての生徒が進学する学校ですので、共通科目や共通テストに対応した科目が教育課程の中核となりますが、生徒の進路希望や興味関心に応じた多様な選択科目(学校設定科目)が提供されており,そこには「授業を自分たちで選びたい」という生徒の声が反映されているそうです。

 他にも、生徒会主導で校則(制服)の見直しが行われ、2021(令和3)年度には服装選択制を実現。同校では校則(ルール)は、生徒を規制するものではなく、「自分(生徒)たちがどうありたいのかという願い」を表現するものととらえられていて、これもスクール・ポリシーを実現する道筋の一つなのです。

 2023(令和5)年度には、コロナ禍の影響でしばらく休会されていた「がやがや会議」が復活し、学習のあり方をテーマに教職員と生徒有志の話し合いが行われました。その結果、春季休業中の学習課題は「①Standard課題」と「②Advanced課題」に分けて示され、②については生徒が選択することになりました。課題を示す配布物には「自分に必要な課題を考え(自分を啓く)最適な課題を選び(自ら拓く)充実した40日間にしましょう」というメッセージが書かれており、ここにグラデュエーション・ポリシーが生きています。

 教職員と生徒の混合編成グループで行われる「がやがや会議」はかなりチャレンジングな取り組みだと思います。生徒の声を聴き出すためには、生徒・教員双方にとって心理的な安全性が確保された信頼関係や、話し合うに値する課題が明確に提示されている必要があるでしょう。同校においても「授業以外の場面であっても、教師が教える側で生徒は教えられる側という関係性」の存在は否定できず、「生徒が積極的に自分の意見を表明しようとする場面は多くない」状態があったといいます(山田雄太教諭・カリキュラムデザイン部部長)。そこで、第1回がやがや会議の前には、下に示すルール「がやがや会議四カ条」を担当教員と生徒たちが協力して考案し、会議当日の冒頭に、参加者全員で唱和しました(これも生徒の発案)。

がやがや会議四カ条

一,生徒と先生が互いに尊敬すること

一,生徒は相手が先生だからと萎縮しないこと

一,先生は立場を利用して意見を述べず柔軟に考えを述べること  

一,合理的な話し合いをすること

 さらに、生徒の声を聴きながら、確実にスクール・ポリシーを実現するためのマネジメントサイクルや組織体制も整備されています。下図は、その一例で、同校の意思決定のための組織体制です。注目すべきは図の中央に「コア・チーム」が位置付けられている点です。それまで生徒会の顧問教員は企画委員会のメンバーに位置付けられておらず生徒会の要望を直接的に企画委員会に提出する機会がなかったそうです。かといって、生徒が「校長に直訴」するような形になってもいけない、正式な意見表明の仕組みを整えることが必要という鈴木健前校長の意向を受け、山田部長が中心となって「コア・チーム」を新設しました。これは、教員と生徒によって構成される、教員組織と生徒組織の間をつなぐ正式かつ継続的な組織です。

生徒発表の事案に関する意思決定モデル(岐阜北高校提供)

おわりにー教員の志とマネジメント―

 今回の記事のために、同校の先生方にインタビューをする機会をいただきました。先生方の話からは、「本気度」が伝わってきました。先生方は、生徒たちの力を信頼し、「この学校をつくる当事者になってもらいたい」と心から願い、それを目に見える形で生徒たちに伝えていらっしゃいました。生徒に意見を言わせるときに「それをちゃんと受け止めるよ」ということを生徒に伝え、実際に検討し、可能なものは実現してこられました。それが、生徒にとってのモチベーションや効力感につながってきたそうです。

 最後に、いくつかのポイントをご紹介します。生徒も先生も、最初から「全員参加」を目指さないこと。志を同じくする人たちから活動を始めて少しずつ広げていくこと。他校視察は複数の教員で赴くこと(復路でアイデアがたくさん出てくる)。生徒に対しては、この活動の決定事項やプロセスは、生徒から生徒に報告するようにすること。さまざまな情報を「見せる化」すること。教員の仕事量を「足し算」しないこと。例えば、このような活動の中心的なリーダーは授業コマ数を減じる、全教職員に対しても「がやがや会議」は校内研修の一環に位置付けるなどの工夫が施されていました。さらには、生徒参加に取り組んだこの数年間は、一方で、これまで口伝的だったさまざまな仕事を体系的に整理し共有や引き継ぎを楽にしたことなどです。そして、さまざまな方策や活動においては、必ず、目的、目指すところ、スクール・ポリシーが生きていたことは特筆すべきことだと思われます。

 


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