この連載について
この連載では、広く、学校で働く教職員、保護者、地域の皆様に向けて、2022年12月に改訂された『生徒指導提要』や、国の施策、国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センターで行っている調査研究などをもとに、生徒指導の基礎・基本をご紹介していきます。特に、2025年1月からは、いじめや不登校などの生徒指導上の諸課題をテーマに連載をします。
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「生徒指導提要」(文部科学省 2022)では、いじめの問題が複雑化し、対応が難しくなりがちなケースとして、以下の8つを挙げています(表1)*1。
表1 いじめの問題が複雑化し、対応が難しくなりがちなケース
今回は、上記のケースの中でも、特に、「3.被害と加害が錯綜しているケース」にスポットを当てるとともに、それとの関連から「4.教職員等が、被害児童生徒側にも問題があるとみてしまうケース」と「8.学校と関係する児童生徒の保護者との間に不信感が生まれてしまったケース」にも触れて、いじめの重大事態化を防ぐうえでの留意点を考えます。
いじめの重大事態とは、いじめにより、児童生徒が、生命、心身、または、財産に重大な被害が生じた疑い、ないしは、相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるときが該当します。それぞれいじめ防止対策推進法第28条第1項第1号及び第2号に規定されており、生命心身財産重大事態を1号重大事態、不登校重大事態を2号重大事態と呼びます。
文部科学省の「令和5年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査について」によれば、いじめの重大事態の発生件数は図1のように、1,306件であり、そのうち、1号重大事態(生命心身財産重大事態)は648件、2号重大事態(不登校重大事態)は864件となっています*2。なお、図1は、1件の重大事態が、1号重大事態と2号重大事態の双方に該当する場合、それぞれの項目に計上しており、864件と648件を足して1,306件にならないのはそのためです。

いじめの重大事態については、2017年3月に文部科学省から「いじめの重大事態と調査に関するガイドライン」が公表されましたが、2024年8月に改訂版が出されています*3。改訂版が出された背景には、いじめ防止対策推進法施行以降、いじめの重大事態発生件数が増加傾向にあることをはじめ、平時からの学校と学校の設置者(例、教育委員会)との連携不足による対応の遅れ、事前の説明不足による保護者とのトラブル、事実関係の認定や再発防止策が読み取れない重大事態調査報告書の存在等の問題が挙げられており、その対応がいかに難しいかが垣間見えます*4。
今回は、一人一人の児童生徒の中に混在するいじめの被害と加害の双方の経験を対象に、いじめの重大事態化を防ぐ上での留意点を考えます。そのために、今回も、前回と同様に、国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センターが令和元年度から令和3年度にかけて実施した「生徒指導上の諸課題に対する実効的な学校の指導体制の構築に関する総合的調査研究」で得られた二市の中学校40校の生徒のデータを用います。
前回の再分析と異なるのは、いじめの8つの行為類型について、被害経験だけでなく、加害経験の回答結果も用いたことです。2019年度に1回、2020年度と2021年度はそれぞれ2回ずつ、計5回の全ての調査に対して、転校せずに、いじめの被害と加害の経験に関する質問項目計16項目に回答した生徒は、4,151名でした(いずれかの項目に無回答があった生徒は除いて算出)。
5回の調査に対して一度でもいじめの被害や加害の経験を申告した生徒については、それぞれ「いじめ被害経験あり」、「いじめ加害経験あり」としました。集計した結果について、表2に示します。
表2 計5回の調査の全てに回答した生徒のいじめの被害経験と加害経験の有無
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表2から、中学校生活3年間を通して、いじめの被害と加害いずれの経験もなかった生徒は1,058名で、25.5%となっています。つまり、約75%もの生徒が、いじめの被害や加害に対して何かしらの経験を有していました。
いじめ被害経験のみあった生徒は805名(19.4%)、いじめ加害経験のみあった生徒は453名(10.9%)であり、いじめの被害と加害の両方の経験があった生徒は、最も多く1,853名で、その割合は44.2%でした。
この結果は、冒頭で述べたいじめの問題が複雑化し、対応が難しくなりがちとされる「3.被害と加害が錯綜しているケース」とは、実際の学校現場で散見されるケースであるといえ、特に、いじめの重大事態化を防ぐ上で、最も留意する必要のあるケースの一つといえるでしょう。この表2の結果から見えてくるいじめ対応の難しさとは、いじめ被害を訴えた児童生徒側に、時に、視点を変えると加害者としての側面が見え隠れするケースがあり、逆に、加害者とされる側に、被害者としての側面が見えてくるケースがあるということです。
それでは、ここでいう被害と加害が錯綜しているケースに対し、学校にはどういったスタンスが求められるのでしょうか。学校は、何かしらいじめ被害の訴えがあった時に、被害者側とされる対象児童生徒、また、いじめを行った疑いがあるとされる関係児童生徒それぞれと、関係を築きながら、事実確認等を行っていきます。その中で、被害と加害が錯綜していることが見えてきた場合に、それぞれの抱える被害者性いずれに対しても誠実に寄り添うことが重要です。
児童生徒間で、被害と加害が錯綜しているにも関わらず、一方の被害者性にのみ着目し対応した場合、もう一方の側は、不信感を募らせることは想像に難くありません。場合によっては、冒頭で触れた「8.学校と関係する児童生徒の保護者との間に不信感が生まれてしまったケース」につながることもあるでしょう。また、被害を訴えた児童生徒に対して、学校側がその児童生徒の加害者としての側面を認識したがゆえに、「4.教職員等が、被害児童生徒側にも問題があるとみてしまうケース」となり、学校側の消極的ないじめ対応によって、重大化することもあるでしょう。
このように、いじめの被害と加害が錯綜するケースは、その他のいじめ対応を困難化させ、重大事態化する様々なケースにつながりうるものといえ、その対応においては、最も留意が必要なケースの一つといえるのです。なお、今回は、いじめの被害と加害それぞれの経験を有するケースについて焦点を当てましたが、もちろん、このことは、いじめの被害者が皆、加害者の側面を有しているという意味では決してありません。いじめの被害を訴えた児童生徒やその保護者に寄り添い、徹底して守るスタンスは、最も重要といえ、その是非については言うまでもありません。いじめの被害経験のみを有し、苦しみ続けている子どもがいることは紛れもない事実です。