この連載について
全事研の役員となって事務職員の育成や成長ということを考える中で、学ぶことの重要性を強く認識しているところです。もちろん、体系的な研修制度も資質・能力を身に付ける上で大事ですが、まずは事務職員自身が主体的に学び、学んだことを生かして試行錯誤を繰り返していくことが必要だと感じています。「子どもの豊かな学びのためにも、事務職員として学び続けていきたい」。そんな思いで、私自身の経験から“学び”について考えたことを綴っていきます。

―― 「このひろい このひろい 大空に~♪」
卒業式が近づくと、多くの学校でこの歌詞が聞こえてきませんか。ほとんどの方がこの旋律も覚えていることでしょう。
実はこの曲は、埼玉県秩父市立影森中学校でたった1回だけ歌われるために作られたのだそうです。卒業生に向けて、当時の小嶋 登校長が作詞して、高橋浩美教諭が作曲して、教職員みんなで歌いました。3年間頑張ってきた生徒への世界に一つだけのプレゼントとして、そして、立派に育ってくれたことへの感謝を込めて贈られました。
「『旅立ちの日に』で合唱の楽しさを知った。仲間と歌うことで、ハーモニーの重なりの美しさを味わった。」そんな言葉を卒業生から聞いたことがあります。
この言葉からも、学習指導要領の音楽科の目標(中学校)である「音楽表現を創意工夫することや,音楽のよさや美しさを味わって聴くことができるようにする」ことが達成されていることが分かります。
さらに合唱の楽しさを知ったことを語った生徒は、その経験から今でも合唱サークルで歌っているとのことで、「音楽活動の楽しさを体験することを通して,音楽を愛好する心情を育む」ことも達成されているようです。

その高橋浩美先生の講演を聞いてきました。埼玉県公立小中学校事務職員研究協議会設立60周年記念大会において、「音楽で心と心をつなぐ~みんなで…子どもたちの笑顔のために~」と題して。さらにその後に、カリキュラム・マネジメント研修として、私たちが生徒になって音楽の授業をしてくださいました。
授業の見学はしたことがありますが、授業を受けるのは35年振りです。
講演会では、その資料とともに、『旅立ちの日に』の歌詞カードと、学習指導案も配布されていました。配られた学習指導案の本時の目標には「心と体をほぐしながら声を前に出す」「曲のポイントの表現を、体を使いながら工夫する」とあります。体全体を使って歌を歌うということは、なかなか慣れない大人にとって気恥ずかしい授業になるかと危惧していたところではありますが、その予想通りに、導入の部分の指導上の留意事項には、「恥を捨てて声を前に出すことを確認する」とあり、高橋先生の熱い指導に圧倒されながら授業が展開されていきました。
授業では、隣の人と相互にリズムに合わせて肩を叩き合ったり、手をつないで振ったりしながら、そして最後には、そのつないだ手を大きく掲げながら『旅立ちの日に』を歌い切りました。ちなみに私の隣はさいたま市学校事務職員会の会長さん(女性)でした。
まんまと私の恥などは簡単に吹き飛ばされていました。そして、これが教師のテクニックなのだと気付かされました。授業見学ではここまで端的にそのテクニックを理解することはできなかったことでしょう。さらに高橋先生は、若手の音楽教師に向けて指導する際のエピソードなども交えて、授業の工夫も教えてくれました。例えば、本時の目標である「声を前に出す」を実演する際には、オーバーアクションで表現するということや、生徒に対して横向きになって体の動きをよく見えるようにして理解を促すことなどです。
教師が一時間にこれだけのテクニックを使っていることを知ったとともに、さらにはその授業を行うための準備や、日々の研修の積み重ねがあることを深く理解させられる授業となりました。とても貴重な経験でした。
高橋浩美先生は特別な先生です。そんな先生がたくさん増えていったら良いですよね。どうやったらそんな素敵な先生を増やすことができるのか、私なんかが答えをもつものではありません。でも、先生の講演の中では、要素の一つになるかも知れないものがありました。それは自主的な学びです。
高橋先生はたくさんの方々の教えを受けに出かけたとのことでした。言及されてはいませんが、それは勤務時間内に行われているものではなく、休日などに、自主的に、たぶん自腹で行かれていたのではないかと思います。
しかも、授業のためとか、音楽のためとかというように仕事に直結した必要性に迫られたからではなく、一人の人間として知的欲求や知的好奇心に動かされたのではないかと、講演をお聞きしながら私は想像していました。それが巡り巡って『旅立ちの日に』などの曲にもつながっていったのではないでしょうか。
改めて文部科学省のホームページの「学校における働き方改革について」をご覧ください。「教師のこれまでの働き方を見直し、自らの授業を磨くとともに、その人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教育活動を行うことができるようにすること」を目的として、学校における働き方改革の取組が行われていることが書かれています。今、求められているのは、働き方の見直しだけではなく、そのことによってスキルを磨くことや、人間性、創造性を身に付けることで自分自身を高めていき、業務の質を高めていくことなのです。
そして、これは教師だけでなく事務職員も、その他の職業の方々も同じことでしょう。人間性や創造性が、仕事ぶりにはにじみ出てくるはずです。だからこそ、学び続ける姿勢が大切なのです。
高橋先生の講演の最後の言葉にも心打たれました。
「『旅立ちの日に』を歌う時があれば、自分は誰に『ありがとう』と言いたいのかを思い浮かべて、歌ってみてください。」
影響力の大きな仕事をする時だけでなく、何をするときにも、それは単なる処理ではなく、そこに思いを込めることが大切なのだと私は感じました。
前田先生からコメント
事務職員の標準的な職務にも示された学校教育におけるICTについて、事務職員の視点から捉えた書籍『教育ICTがよくわかる本』の発行に携わらせていただきました。それぞれに現場で実践されている事務職員の素晴らしい取組も載っています。学校の現状や、取組の背景、うまくいったこと、うまくいかなかったこと、取組を通して実践者が学んだことなど、読み手にとって考えを広げてくれる本であると強く感じています。事務職員のみなさんの学びのきっかけとなること、そして、事務職員以外の方々には、事務職員との協働や、事務職員の活用を促進していただくきっかけとなることを期待しています。