2026.02.10

第11回 なぜ「義務なのに確認されなかった」のか――DB未活用問題の本当の論点|Web月刊高校教育 深掘り!高校教師が知っておきたい最新教育ニュース

この連載について

現代は「予測困難な時代」と呼ばれて久しいですが、学校教育を取り巻く状況も複雑化し、大小さまざまな変革が起こっています。本連載ではその中でも、高等学校の教職員に特化した教育ニュースを、報道だけでは見えてこない側面にもスポットを当てつつご紹介します! 教育現場の最前線に立つ教職員のみなさまにとって、お役に立つことはもちろん、今話題の・これから要注目になるであろう最新ニュースをお届けします。

「判断の癖」が、制度の例外を生み出している

 「教員採用時に、性暴力で免許失効した人物の情報を照会するデータベース(DB)が、約7割の採用権者で十分に活用されていなかった」*1 というニュースが話題となりました。DBによる確認は義務であるにも関わらず、4割はDBの利用登録すらしていなかったことも判明しています。

 理由として挙げられたのは、「義務だとは知らなかった」や、「非常勤や女性の採用時には不要だと認識していた」という声でした。

 採用実務の一端に関わった経験のある方であれば、この話題が決して他人事ではないと感じたのではないかと思います。制度理解の不足というより、学校現場で日常的に使われている判断の前提が、無意識のうちに制度の例外を作っていた可能性があるからです。

「義務だと知らなかった」は、単なる不注意の問題か

 DB制度の狙い自体は明確です。「過去に性暴力で免許を失効した人物が、再び子どもと接する立場に就くことを防ぐ」――その一点に尽きます。

 一方で現場の採用業務は、多忙な時期に限られた人員で回されがちです。加えて法令や通知は毎年のように追加・更新され、やるべきことは増え続けるばかり。その中で制度を単なる「新たな確認作業」「手順の一つ」として受け取ると、理解が表層的になるのも当然ですよね。

 確かに「義務だと知らなかった」という回答は、不注意という側面もあるでしょう。しかし背景には、義務でなければ「ルール違反はしていない」「そこまで踏み込まなくてもよい」という、現場合理性が潜在していたとも考えられます。任意の課題をやってこなかった生徒が「やれと言われなかったのでやりませんでした」と言うのと根本は同じです。

アンコンシャスバイアスが生む「たぶん大丈夫」

 「アンコンシャスバイアス」という言葉があります。過去の経験や環境から生まれる、自分自身でも気づいていない偏見や先入観のことです。例えば「ピンクは女の子の色」「無口な人は性格が暗い」と発想してしまうのは、典型的なアンコンシャスバイアスです。

 これは、学校現場でも具体的な形で数多く存在します。「赤いランドセルは女子」「男子は理系、女子は文系」「ICTは若手の仕事」「問題行動は家庭環境に難しさを抱える生徒に多い」……どれも現場で耳にしがちな判断ですが、ほとんどが過去の経験から導かれたもっともらしい“常識”に過ぎません

 今回の「非常勤や女性の採用時には不要だと認識していた」という意見にも、同じ構造が見えます。「非常勤の人にそこまでやらなくてもいいだろう」「女性は性犯罪の加害者にはならない」といった先入観が、「DB照会をしなくても(たぶん)大丈夫」という判断につながったのではないでしょうか。

 この判断過程で使われているのはあくまで経験則であって、リスク評価ではありません。リスクとは本来、「発生頻度が低くても、起きたときの影響が大きいもの」を含みます。性暴力はまさにその典型です。

NotebookLMにて生成

 

トラブルの素因を想定から外すから、「想定外」が起こる

 性暴力防止の観点で問われているのは、「誰がやりそうか」ではなく、「起きうる行為をどう防ぐか」です。雇用形態や性別などの属性でリスクを測る思考は判断を早くしますが、あまり適切とは言えないかもしれません。

 組織事故の研究でも、予想外のトラブルの多くは、そもそもその素因を「想定から外した」から起きたことが分かっています。だから「想定外」と呼ぶわけです。学校現場の例で言うなら「まさかあの生徒が」「例年、このやり方で問題なかったのに」といった事件・事故などが当てはまります。

 つまり、非常勤や女性を含めて一律にDB確認を求めているのは、人間の判断が経験に引きずられることを前提に制度設計しているからです。だからこそ義務化して、リスクヘッジをしているわけですね。

アンコンシャスバイアスは「なくす」より「前提にする」

 ここで重要なのは、無意識の偏りをなくそうとすることではありません。それは現実的ではないからです。むしろ実務で有効なのは、「人は必ず偏る」という前提に立って、判断を補正する仕組みを持つことだと思います。

 例えば、採用は雇用形態や性別にかかわらず同じ確認フローを通す、チェックを複数人で行う、例外を作らない、などをルール化することはできるはず。いくら気を付けても「つい」「うっかり」があるのが人間なのですから、いっそ意図的に属人性を排除して、考えなくても「仕組み」で防げるほうが確実だとも言えます。それは「自分の頭で考えるのが大事」といった、思考力の議論とはまた別次元の話です。

自分の考えがどこで遮断・省略されているのか、振り返るきっかけに

 今年の12月には「子ども性暴力防止法」が施行され、日本版DBSも実装される予定です*2 学校だけでなく、幼稚園や保育所、こども園、児相、あるいは認定事業者として登録した放課後児童クラブや学習塾なども含め、子どもに関わる仕事全般において採用時のチェック義務が課されます。照会できる対象も教員免許失効者に限らず、性犯罪による刑事処分歴そのものへと広げる計画です。

 もちろん、性犯罪歴の確認だけの問題ではありません。学校現場には、他にも「忙しいから省略する」「たぶん大丈夫だろう」と感覚で判断している場面が少なくありません。外部講師の身元確認、部活動外部指導員の選定、実習や校外活動の安全確認などにもリスクは潜んでいます。

 誰の中にもアンコンシャスバイアスはあるものです。その前提で、自分の判断がどこで遮断、あるいは省略されているのか、何を「想定の外」に置こうとしているのか、この機会に振り返ってみてはいかがでしょうか。

 


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