2026.08.12

第17回 採択の成否が学校の価値を決めるのではない――「N-E.X.T.ハイスクール」が私たちに問いかけるもの|Web月刊高校教育 深掘り!高校教師が知っておきたい最新教育ニュース

この連載について

現代は「予測困難な時代」と呼ばれて久しいですが、学校教育を取り巻く状況も複雑化し、大小さまざまな変革が起こっています。本連載ではその中でも、高等学校の教職員に特化した教育ニュースを、報道だけでは見えてこない側面にもスポットを当てつつご紹介します! 教育現場の最前線に立つ教職員のみなさまにとって、お役に立つことはもちろん、今話題の・これから要注目になるであろう最新ニュースをお届けします。

38自治体から計75校が選ばれるも、「採択校ゼロ」の自治体も

 文科省が進める「N-E.X.T.ハイスクール構想」。今後の我が国における高校のあり方をも左右するこの大改革に、非常に高い注目が集まっています。

 一方で当コラムでは、その施策としての意義は理解しつつも、一部について懸念も示してきました*1*2。「国が『魅力ある学校』の正解を示したような形になってすべての学校がそれを追い、結果として学校間の競争や序列化、あるいは画一化を助長することにならないか」「該当しない学校を切り捨てる論理にならないか」という視点です。

 そんな中、ついに拠点校の選考が実施され、全国38自治体から計75校が採択されました*3。それと同時にニュースになったのが、9都県からは1校も採択校が出なかったことです。国は追加公募を開始しており、さっそく鳥取県などが「再挑戦」を公表しています*4

「N-E.X.T.(ネクスト)ハイスクール構想」の概要を示した図

 

「不採択校=魅力が足りない学校」ではない

「採択された学校」と「採択されなかった学校」が出ること自体は仕方ありません。ただ、その一方で気になるのは、「採択校=魅力的な学校」「不採択校=魅力が足りない学校」という受け止め方が広がることです。

 本来「採択」とは、応募内容が事業の目的や審査基準にどの程度合致していたかを判断した結果にすぎません。学校の優劣や価値を評価したものではないはずです。

 しかし、制度の背景まで十分に知らない保護者や生徒から見れば、「国が選ばなかった学校」という印象だけが残る可能性があります。ましてや、特定の自治体から1校も選ばれなかったとなると、その地域そのものの教育の質と同一視されてしまいかねません。

魅力的な学校の「正解」が一つに見えてしまう危うさ

「N-E.X.T.ハイスクール構想」は、高校教育の特色化や魅力化を掲げ、地域との接続や特定分野における高度人材の育成などを重視しています。それはそれで意義のあることでしょう。

 一方で、当コラムでも指摘してきたように、モデルを示せば示すほど、「これが魅力ある高校の正解なのだ」という受け止めが生まれやすいという側面もあります。

 置かれた地域も、生徒の実態も、歴史も大きく異なるのが学校です。都市部の大規模校と中山間地域の小規模校では、そもそも求められる役割が違うはず。大学進学を主な使命とする学校もあれば、地域産業を支える人材育成に力を入れる学校、安心して学校生活を送りながら一人ひとりの進路を支える学校もあります。

 こうした違いは、どちらが優れているという話ではありません。ただ「違う」だけです。それぞれが地域や生徒の実情に応じた教育を担っています。

「採択されるため」の学校づくりは本末転倒

 近年の学校特色化やその支援をめぐっては、N-E.X.T.ハイスクールに限らず、DXハイスクールやSSHなど、さまざまな事業が打ち出されています。それらは学校改革を後押しする大きな機会であり、積極的に活用する意義は決して小さくありません。

 しかしこのとき、つい私たちが見落として(忘れて)しまいがちなのが、「制度に合わせて学校を変える」のか、「学校の目指す姿に制度を活用する」のかという基本姿勢ではないでしょうか。

 先生方が日々向き合っているのは、公募要領ではなく目の前の生徒たちです。だからこそ、採択されること自体が学校づくりの目的になってしまえば、本来の教育目標との間に少しずつずれが生じる可能性があります。制度を活用するのは大いに結構ですが、制度に振り回されないよう、軸をしっかり持っておきたいところです。

自校ならではの魅力を改めて問い直し、伝えていく

 もちろん、こうした事業への応募や、どの学校をエントリーするかといった判断は、設置者である自治体や教育委員会が担う部分が大きく、現場の教職員だけで左右できるものではありません。だからこそ、採択・不採択という結果を、学校や教職員への評価そのものとして受け止め過ぎないことが大切だと思うのです。

 制度による評価は参考にしながらも、それだけを学校の物差しにしない姿勢が、高校教育の多様性を支えます。例えば、仮に国が農業を基幹産業として最重視し、その人材育成に力を入れたいとしても、すべての高校が農業高校になればよいという話ではないはずです。

 高校教育が目指すべき姿は、全国の学校が同じ方向へ進むことではありません。ある学校は地域企業との協働を強みにし、ある学校は手厚い進路支援を磨き、またある学校は少人数教育だからこそ実現できるきめ細かな指導を大切にする――そうした多様な学校が存在していること自体が、日本の高校教育の豊かさと言えるはずです。

 モデル校は、その豊かさを広げるための一つの選択肢であって、唯一の理想像ではありません。もし採択の有無だけで学校の価値を測る風潮が広がるなら、それはとても危険な発想だと思います。

学校の魅力は、学校自身が語り続けるもの

 N-E.X.T.ハイスクールの公募に再挑戦する姿勢自体は、制度を前向きに活用しようとする意欲として尊重されるべきでしょう。一方で、仮に採択されなかったとしても、その学校の教育の価値まで失われるわけではありません。

 そこから考えるなら、このニュースが私たちに問い直しているのは、「学校の魅力とは誰が決めるのか」という視点ではないでしょうか。

 国の政策は、高校教育の方向性を示す重要な羅針盤です。しかし、学校の魅力を最終的に方向づけるのは、その地域であり、生徒であり、そこで教育を積み重ねてきた学校(教職員)自身であるべきだと思います。

 採択されたかどうかではなく、「この学校だからこそできる教育・取り組むべき教育」を問い続けること。私は、その営みを重ねる学校が各地に存在してこそ、高校教育が真価を発揮できるのだと信じています。

 


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