この連載について
高校教育を取り巻く状況が大きく変わっています。そうした中、この先、どうやって魅力ある、特色ある高校に変わっていったらよいのか。中教審委員なども歴任し、高校教育界を牽引する田村知子さんと岡本尚也さん、お二方と共に「探究」していきます。
※本連載は田村さん、岡本さんに隔月交代でご執筆いただきます。

この連載について
高校教育を取り巻く状況が大きく変わっています。そうした中、この先、どうやって魅力ある、特色ある高校に変わっていったらよいのか。中教審委員なども歴任し、高校教育界を牽引する田村知子さんと岡本尚也さん、お二方と共に「探究」していきます。
※本連載は田村さん、岡本さんに隔月交代でご執筆いただきます。
最近、「生徒を主語にした高等学校」という言葉を聞くことが多くなったのではないでしょうか。これまで4回にわたり取り上げてきた生徒エージェンシーとも関わる考え方です。今回は、「生徒を主語にする」高校教育について考えます。
「生徒を主語にした高等学校」という言葉が最初に公式文書に登場したのは、第10期中央教育審議会の下に設置された「新しい時代の高等学校教育の在り方ワーキンググループ」による「審議まとめ(令和2年11月)」です*1。
同「審議まとめ」の「はじめに」に「生徒一人一人が自分の価値を認識するとともに、相手の価値を尊重し、多様な人々と協働しながら豊かな人生を切りひらき、持続可能な社会の創り手となることを後押しするために、『生徒を主語にした』高等学校教育を実現するべく、全ての高等学校における特色・魅力ある教育の実現に向けた方向性を示すものである」と記載されました。
これは、教育課程部会にて荒瀬克己初等中等教育分科会分科会長(当時、現第12期中教審会長)が行った発表で「生徒を主語にする学校をつくる」という視点が提案されたのを受け、これに賛同したワーキンググループが「審議まとめ」に取り入れたものです。第11期および第12期中央教育審議会の下に設置された「高等学校教育の在り方ワーキンググループ」においても、この趣旨を引き継ぎ、「中間まとめ」(令和5年8月)でも「生徒を主語にした高等学校」をめざすことが明確に言及されました*2。
上述の議論の背景には、以下の問題意識があります。
高校への進学率は99%に達し、多様な動機・進路志望・学習経験(不登校を含む)を持つ生徒への対応が必要。学校生活への満足度や学習意欲が中学校時代より低下する傾向。特別な支援を要する生徒、外国籍の生徒や日本語指導を必要とする生徒の増加。少子化の一層の進行。いずれも待ったなしの緊迫した大きな課題です。それらに対応するためには、限られた資源の中で効果的な制度改革や教育の質の向上に取り組む必要があります。そして、劇的な社会の変化の中、選挙権年齢や成年年齢の引き下げにより、生徒が高等学校在学中に一人の「大人」として振る舞えるようになることが期待されてもいます。差し迫る少子化の中で全ての生徒に質の高い高校教育を提供するといった喫緊の大きな課題を解決するためには、高校改革は避けて通れません。その際、私たちの中に強固に根付いた「教える側」からの視点を改めて認識し、「学ぶ主体」である生徒の視点から学校制度、教育課程や授業のあり方、学校運営等について捉え直すことには、大きな意義があるでしょう。
生徒たちが、自分自身の人生と彼らが生きる社会をより良いものにするために必要な資質・能力とは何か、それはどうすれば培えるのか、ということを、学校、教育委員会、文部科学省、社会全体が、生徒目線に立ち返って真剣に考えていこうという姿勢を「生徒を主語にする」という言葉で表現しているのです。
教育政策や学校での運営の具体を検討する際、時として、制度や取り組み自体に注力するあまり、それが生徒にとってどうなのか、ということが後景に退いてしまうことがあります。私たちは、常に「生徒を主語」にして取り組みたいものです。さらには、「生徒”を”主語にする」だけでなく、「生徒”が”主語になる」活動を積極的に取り入れ、彼らと共にあるべき/ありうる学校像を考え、実現に向けて共に行動したいものです。高校ワーキンググループでも、審議や実地調査の際、生徒たちの声を聴く機会を極力設けてきましたし、本連載では、カリキュラム評価(第1回)、授業や学校運営のあり方(第3回)、スクール・ポリシーの策定と運営(第5回)、授業研究(第7回)への生徒参加の事例を取り上げてきました。実は、小中学校でも児童生徒の声を取り上げる活動が増えてきており、例えば山口県では学校運営協議会に児童生徒が参加する小学校・中学校が一定数あり、学校と地域の間のよい関係性が構築されている事例が報告されています*3。
もちろん、生徒の声を聴きそれを制度改革や学校運営に活かすことは容易ではなく、時間や仕組みの構築へのコストの懸念はあります*4。学校に親和性の高い一部の生徒の意見のみが反映されやすいことや、生徒の声を聴く仕組みが形骸化する「お飾り参画*5」、生徒を消費者とみなして教員を責める文脈で学校改革を進めるために生徒の声が利用される可能性*6なども指摘されています。とはいえ、慎重になりすぎると前に進めません。賛同してくれる同僚と共に、身近なところから、始めてみてはいかがでしょうか。
最後に、私自身が生徒エージェンシーや生徒の声に注目する契機となった経験をお伝えします。大学卒業後すぐに高校教員(世界史担当)として奉職した私は、新任1年目、少しでも生徒が食いついてくれる授業をしたくて必死で教材研究をしていました。ところが、ある時期、「大学入試への対応をしなくては」という思いが強くなり、過去の入試問題を頻繁に取り上げ「これが試験に出ます」と繰り返す授業に傾きました。その折に、一人の生徒が教科研究室を訪ねてきて「先生、最近の先生の授業は面白くないです。勉強するのは私たちですから、先生は、私たちが勉強したいと思うような授業をしてください」と言ってくれたのです。新任教員の私にとっては目の覚める出来事であり、生徒のモチベーションを上げる授業づくりに再転換しました。その生徒は、後に地歴・公民科の教員になりました。今でも彼女の勇気と私への信頼に感謝しています。


